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Mother(母) 水野麗(俳人)Rei Mizuno(1927-)
昭和2年、蜷川秀一と園子の長女(蜷川禮子)として富山に生れる。長谷川秋子主宰『水明』を経て、高柳重信に師事し『俳句評論』同人。現代俳句協会会員。俳句研究50句競作・10年間連続入選。
著書・句集『花鳥都市』 、アンソロジー『鵞』他。
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Uncle(伯父) 水野富美夫(画家)Fumio Mizuno(1917-1992)
父方の伯父。(父の兄)
1917年東京伊皿子で生まれる。画家として白日会会員、運営委員横浜支部長などを務めたのち、戦後に日本の俗物主義を嫌い、妻子を捨てエチオピアに永住。以降、一貫して「エチオピアの女性の美しさ」「尊厳」を描き続ける。朝日新聞「地球市民」、フジTV「海外で活躍する日本人」読売新聞「世界で活躍する人々」、テレビ朝日「住めば地球」など多くマスコミにもり上げられた。朝日新聞社主催「エチオピアの光と影展」(1987)西日本新聞社他主催「エチオピアの光と影展」(1990)東急本店「エチオピアの光と影-水野富美夫油絵展」開催。平成4年ケニアで没する。
My Uncle(叔父) 蜷川幸雄Yukio Ninagawa(演出家)(1935-)
母方の叔父。(母の弟)
昭和10年10月15日、埼玉県川口市に生まれる。1967年に劇団現代人劇場を創立。1969年『真情あふるる軽薄さ』で演出家デビュー。1972年演劇集団「櫻社」結成、1974年同劇団を解散。1974年、当時東宝のプロデューサーであった中根公夫氏との黄金のコンビが生まれ『ロミオとジュリエット』『王女メディア』『オイディプス』『近松心中物語』ほか名実共に演劇界の第一人者として刺激的な演出をし続ける。近年も、シェークスピアの全作品上演計画(98年〜)、上演時間が10時間半の傑作『グリークス』などその活動は衰えることがない。1983年の『王女メディア』ギリシャ・ローマ公演を皮切りに1996年『夏の夜の夢』、1997年『身毒丸』、1998年『ハムレット』と連続したロンドンでの公演、ロイヤルシェークスピアカンパニー『リア王』の長期上演(1999年〜2000年)など海外でも高い評価を得ている。1988年『近松心中物語』の第38回芸術選奨文部大臣賞をはじめ朝日、読売、毎日新聞演劇賞など受賞歴多数。英国エジンバラ大学名誉博士号(1992)、
紫綬褒章(2001)、 名誉大英勲章第三位Commander of the Order of the British Empire(CBE)
(2002)、文化功労賞(2004年)受賞。 http://www.my-pro.co.jp/ninagawa
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Aunt(叔母) 蜷川宏子Hiroko Ninagawa(キルト作家、女優)(1941-)
蜷川幸雄夫人。
女優・真山知子として東映のユーフェイスから劇団青俳をへて劇団現代人劇場設立。蜷川幸雄演出の初期作品に多く主演女優として出演した。映画では『極道』シリーズ(東映)『子連れ狼』(大映)『殺しは俺がやる』(大映)などがある。結婚後、キルト作家・鷲沢玲子さんに師事。近年は、その素晴らしいセンスのパッチワークが人気を呼び、キルトアーティストとして活躍。テレビ『おしゃれ工房』(NHK教育)にも出演。著書は『蜷川家のお総菜』(鎌倉書房)『ミセス蜷川のパッチワークに夢中!』(鎌倉書房)、『蜷川宏子のわが家のパッチワークキルト』(文化出版局)など。
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brother in low(妹の夫) 三原康可 Yasunori Mihara(ギタリスト、俳優)(1959-)
昭和34年、東京生まれ。内田裕也のバックバンドとして永年リードギターを務める。パリコレにモデルと出演していたこともあるほどの二枚目。自身のバンド、パリテキサスで作詞・作曲を務める。CD「Chain
Reaction」は、都会的で心地よいサウンド。近年は、俳優としても活動している。 http://www.mihavision.net
My Cousin(従妹) 蜷川実花(写真家)(1972-)
演出家・蜷川幸雄の長女。
1972年東京生まれ。多摩美術大学グラフィックデザイン科卒業。様々なファッション誌や、CDジャケット、広告を中心に、写真集や展覧会での作品発表などフォトグラファーとしての活動はもとより、ショート
フィルム(監督)など映像分野でも活躍中。2001年第 26回「木村伊兵衛写真賞」を受賞。写真集『17 9 '97』『Baby
blue sky』『ピンク・ローズ・スウィート』『MIKA FLOWERS』『Sugar and spice』『ア・ピース・オブ・ヘヴン』『like
a peach』など多数。2007年、映画「さくらん」を監督。 http://www.ninamika.com/home/home.html