ジェーン・B.....あなたの歌を聴くという行為は、私にとってステ ィーリー・ダンやブライアン・イーノあるいはマリア・カラスを聴 くという行為とまるっきりかけ離れている。それは、遠い昔の恋人 に十数年ぶりに電話をかけるような、あるいは合わせ鏡の中の六番 目の自分と目を合わせるような、そんなせつない秘められた行為に 似ている。だから私は、いつもたった一人であなたの歌を聴くこと にしている。そしていつだって決まって激しい悲痛なほどのノスタ ルジィに襲われるのだ。息が詰まるほど苦しくてせつないあの感じ。  私の中の死んでしまった少女の唇に、あなたの歌声が息を吹きか ける。すると青ざめた少女が蘇生してふたたび街を彷徨いはじめる のだ。街には「ポンティアックやキャデラック、ロールスロイスや ビュイックがメタリックな夜に溢れている。」そして「人造ダイヤ とストレスと神と女神がいっぱいの」街、TOKIOで少女は涙と夢を いっぱい抱え孤独に打ち震えるのだ。
 そう、あの頃(1980年前後)、あなたの最高に美しい歌「バビロン の妖精」の中の少女のように、私は本当に大都会で洪水にあって溺 れそうだった。もうずいぶん前、私がはじめてあなたのレコードを 手にした頃のことだ。私は19才でユニコーンのように孤独で、鳩の ように不安で獣のように残酷な少女だった。
 アントニオーニの『砂丘』のラストシーンみたいに「街中が音を たてて壊れてしまえばいい!」と思っていた。「私以外の人はみん なみんな死んでしまえばいい!」と思っていた。私は恐れていたの だ。自分の周りのすべての物を、すべての人を........。
 ジェーン・B.....あなたは少女時代を『残酷な二度と帰れない国』 と、あるインタビューで表現していたけれど、あなたの歌は、そん な『残酷な二度と帰れない国』を喚起させる怖ろしい力を持ってい る。そして、それは今でも息ができなくなるほど感動的だ。  けむるような長い髪、蔓性の植物みたいに繊細で不安定な美しさ。 曖昧で脆く揺れているような歌声。
 ジェーン・B....あなたの歌を聴きながら私はふたたび行き場のな い自分を見いだしている。夢のように.....蜜のように....。




 ___ある春の午後に

蜷川有紀