photo by Mika Ninagawa

 

2000年8/20発行「おとなぴあ」九月号に

ジェーン・バーキンへの手紙というエッセイを発表しました。

 

ジェーン・バーキンへの手紙①

 

ジェーン・B…..あなたの歌を聴くという行為は、私にとってステ ィーリー・ダンやブライアン・イーノあるいはマリア・カラスを聴 くという行為とまるっきりかけ離れている。それは、遠い昔の恋人 に十数年ぶりに電話をかけるような、あるいは合わせ鏡の中の六番 目の自分と目を合わせるような、そんなせつない秘められた行為に 似ている。だから私は、いつもたった一人であなたの歌を聴くこと にしている。そしていつだって決まって激しい悲痛なほどのノスタ ルジィに襲われるのだ。息が詰まるほど苦しくてせつないあの感じ。  私の中の死んでしまった少女の唇に、あなたの歌声が息を吹きか ける。すると青ざめた少女が蘇生してふたたび街を彷徨いはじめる のだ。街には「ポンティアックやキャデラック、ロールスロイスや ビュイックがメタリックな夜に溢れている。」そして「人造ダイヤ とストレスと神と女神がいっぱいの」街、TOKIOで少女は涙と夢を いっぱい抱え孤独に打ち震えるのだ。

 そう、あの頃(1980年前後)、あなたの最高に美しい歌「バビロン の妖精」の中の少女のように、私は本当に大都会で洪水にあって溺 れそうだった。もうずいぶん前、私がはじめてあなたのレコードを 手にした頃のことだ。私は19才でユニコーンのように孤独で、鳩の ように不安で獣のように残酷な少女だった。

 アントニオーニの『砂丘』のラストシーンみたいに「街中が音を たてて壊れてしまえばいい!」と思っていた。「私以外の人はみん なみんな死んでしまえばいい!」と思っていた。私は恐れていたの だ。自分の周りのすべての物を、すべての人を……..。

 ジェーン・B…..あなたは少女時代を『残酷な二度と帰れない国』 と、あるインタビューで表現していたけれど、あなたの歌は、そん な『残酷な二度と帰れない国』を喚起させる怖ろしい力を持ってい る。そして、それは今でも息ができなくなるほど感動的だ。  けむるような長い髪、蔓性の植物みたいに繊細で不安定な美しさ。 曖昧で脆く揺れているような歌声。

 ジェーン・B….あなたの歌を聴きながら私はふたたび行き場のな い自分を見いだしている。夢のように…..蜜のように….。

 

___ある春の午後に

蜷川有紀

 

ジェーン・バーキンへの手紙②

 

あれからずいぶん年月がたった。  「EX-FAN DES SIXTIES」そう、これが私がはじめて手にしたあ なたのLPだ。それからセルジュ・ゲンズブールとのあのセンセー ショナルなデュエットがおさめられている「JE T’AIME MOI NON PULUS」、そして最高傑作「BABY ALONE IN BABYLONE」…….。 どのジャケットのあなたもクリムトが描いたダナエのように美しく エロティックだ。

 ’92のセルジュ・ゲンズブール追悼コンサートではTシャツにGパ ンでほとんどノーメイク、短く切った髪が痛々しかった。

 それから「ダディー・ノスタルジー」「アニエス・Vによるジェ ーン・B」など比較的最近の映画の中のあなたは無造作であらゆる 囚われから解放されたかのようにナチュラルで素敵だ。

 ジェーン・B…….あなたはいつだって愛に対して大胆で、しなや かにモラルを超越してしまう。映画の中でも、歌の中でも、そして 私生活でも….。モラルに疑問をもち、それを超越するという行為は ある種の苦しみや闘いを伴うのが普通なのに、あなたの場合は「自 然にしていたらこうなってしまったのよ」 という声が聞こえてきそ うなほど、およそ闘いというものを感じさせない。それは、あなた のキャラクターのせいなのか?あるいは、あなたが本当の妖精だか らなのか?どちらにしてもそんな風にモラルをしなやかに越えられ てしまうあなたに、私は敬服しないではいられない。

 『人間がもうひとりの人間に与えられる最大の贈り物は無償の時 間だと思う。』とあなたは最近のインタビューで答えている。そし て、女性の素晴らしいところは『苦しみを引き受けること』だとも。 この言葉はまぎれもなく、あなたが真剣に人を愛し、人生という闘 いを闘い抜き、同時にその時間の積み重ねは、ある種の愉悦を伴っ ていたことの証ではないかと私は思う。

 ミニスカートの似合うイギリス人の女の子から、奴隷のように従 順でエロティックな妖精へ、そして、それぞれに父親の違う三人の 娘を育てる母親で、なおかつフラジャイルな魅力をたたえ続けてい る女優、ジェーン・バーキン。 あなたのメタモルフォーゼを私は 驚きと憧れをもって享受しています。

今までも、そしてこれからも……..永遠に。

 

___20世紀最後の夏に

蜷川有紀

 


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